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パトブロ

誰かのキッカケになってみようなブログ

歳食ったから想うこと言っとく

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先週、四国を一周して帰りに岡山へ寄って来た。気付けば日本も残り10県。

一体何を探して旅を続けてるか、自分にもわからんねんけど。確実に人に見えないものが見えるようになった。

踏んだ土地、見た場所、出会った人の数だけ自分の目は世界を深く捉えれるようにもなった。

今んところ、人生で何か結果を残したか?と聞かれると、答えれるのは誰よりも多く周った国や地域の数を出すことしかできない。 これじゃ不足か?

今年の初め、凄く悩んでた時期があった。
よく何で生まれたのかを自問することが増えた。毎年それが増えていく。悩みじゃなくて、それが無いと生きようと思えないし、何か実感が生まれないから。

3年くらい、自分ノートというのを毎週日曜日に書き続けてる。これは習慣で、書きたい時に書いてることもある。写真の2冊は23歳という期間で書いたもの。

その週にあった印象深いこと、達成できたこととか考えの変化。学んだことを主に書いてる。

見返して思ったのは、思ってることは常に一貫してる。

「誰よりも自由に人生を旅する。そして誰もいなくて見てないとこでひっそり死ぬ。」

「理不尽との徹底抗戦。隔たりや壁を破壊して、真につながった世界として地球を統一する」

「とにかく、自由を犯す理不尽な圧政者が許せない」

本当に青臭いけど、自分なりに本気で思ってるからペンが動くんだろうと思う。

その時々で真面目にその方法まで書いてる。まるで矛盾した、志とか夢。野望なのか空想なのか。それすらも曖昧。

自分は思想や夢に取り憑かれてる。
最近はそう思う。けどこれが無くなったらどんな人生を歩もうか。

想像がつかない。昔より頑固にもなったし、柔軟にもなった気がする。

この2年、現実を見なさいとよく言われる。
だから自分なりに真面目に勉強した。かえって固執した生き方をしてる気がした。

正直に生きてない気もした。
この世界は、国は狭い気がする。

夢を見れば、現実を見ろというし
現実を見れば、もう少し夢を見ろという。

全てが正解なので、正解に振り回される。

だからこうしようと思う。

夢に目を瞑る代わりに、現実には目を向ける。

現実に耳を傾けない代わりに、夢の声に耳を向けようと思う。

明日はただの明日かもしれんし、もしかしたら新しい人生が始まるかもしれん。

何が言いたいか?

明日もいつも通りのパトリックで
自由に変わらず生きようと思うってことです。

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